「学習の個別化って具体的にどんなことだろう?」
「文部科学省の政策に「公正に個別最適化された学びを実現する」とあったけど、具体例が知りたい」

このブログでは、オンライン化が進む中で注目が増している個別化学習について、その定義や米国・日本における歴史的背景・活動や研究を詳しくみていきます。

もくじ
1. 個別化学習/個別化教育:Personalized Learning / Personalized Educationとは?
 1-1: 個別化学習の定義
 1-2: 個別化学習の議論・研究が進んだ背景
 1-3: 日本における個別化教育~「個に応じた指導」
2:個別化教育で有名な活動・研究の具体例
 2-1: カーン・アカデミー (Khan Academy)
 2-2: ニューヨーク市教育政策:School of One
 2-3: 「個別化学習に関する有効なエビデンス」研究: ゲイツ財団
3: 効果的な個別化教育を実現するポイントとは?
 ポイント1:目標設定とアセスメント・フィードバックの設計・活用
 ポイント2:学びやすさに基づく活動設計
 ポイント3:ICTなどのツール活用


個別化学習/個別化教育:Personalized Learning / Personalized Educationとは?

1-1:個別化学習の定義

2017年に発表された米国国家教育技術計画 (The United States National Education Technology Plan) では、下記のように個別化学習を定義しています。

「個別化学習」とは、学習のペースと指導アプローチが、各学習者のニーズに合わせて最適化された学習を指します。学習目標・指導アプローチ・指導内容(ならびにその流れ)はすべて、学習者のニーズに応じて異なる可能性があります。さらに、学習活動は、学習者にとって意味があり、関連性があり、学習者の関心によって実施され、多くの場合、自己主導で行われます。


1-2:個別化学習の議論・研究が進んだ背景

今年は多くの学生がコロナ禍で自粛を余儀なくされ、個別に学習を進める必要に迫られました。一方それ以前に、学習者中心や個々人の学びやすさの追求の考え方から、個別化学習は提起され論じられてきました。

「個別化学習」という言葉は米国で1960年代初頭から使われていたといいます。しかし言葉の定義が難しく、定着しませんでした。これを変えたのは、2005年に Marvel Entertainment のダン・バックリーが個別化学習の2つの目的を定義したことによります。

1つめは教師が学習を調整する「学習者のための個別化」。
2つめは学習者自身が学習を調整するスキルを開発する「学習者による個別化」です。

この2つの目的は、2006年に Microsoft社が著した「 教育の展望と変革のための実践ガイド (Practical Guide to Envisioning and Transforming Education) 」で採用・記載されました。これ以降、「個別化学習」について様々な媒体での著述や研究が進みました。次章で具体的な研究や活動についても紹介します。

1-3:日本における個別化教育~「個に応じた指導」

日本では、特別支援を中心として「個に応じた指導 / 個別の教育支援」と呼ばれる実践が古くから行われてきました。特別支援教育では、障害のある生徒の自立・社会参加に向けた主体的な取組みを支援するという視点から、一人一人の教育的ニーズの把握が重視されているためです。

初中等教育内での「個に応じた指導」への言及があったのが、1996年の中央教育審議会における答申でした。その後2003年の一部改訂を経て「脱ゆとり教育」として有名な学習指導要領(2008年公示)で「個に応じた指導」の充実を図ることが、下記のように本文中に明記されました。

(小・中学校)各教科等の指導に当たっては、児童が学習内容を確実に身に付けることができるよう、学校や児童の実態に応じ、個別指導やグループ別指導、繰り返し指導、教師の協力的な指導など指導方法や指導体制を工夫改善し、個に応じた指導の充実を図ること。

(高校)各教科・科目等の指導に当たっては、教師間の連携協力を密にするなど指導体制を確立するとともに、学校や生徒の実態に応じ、個別指導やグループ別指導、教師の協力的な指導、生徒の学習内容の習熟の程度等に応じた弾力的な学級の編成など指導方法や指導体制を工夫改善し、個に応じた指導の充実を図ること。

2:個別化教育で有名な活動・研究の具体例

2-1:カーン・アカデミー (Khan Academy)

カーン・アカデミーは、学生の教育に役立つ一連のオンラインツールを提供することを目的に、2008年にサルマン・カーン(Sal Khan)によって設立されました。公式サイトや無料のモバイルアプリを介して利用し、受講者の学力に応じた設問を出題するWebベースの設計を提供しています。試験作成・採点・受講者のチャレンジを促すためなどにソフトウェアを使用することにより、旧来の学習を刷新する機会を提供できると考えているとのこと。

講座はほぼ10分以下・現実の講義では不可能な「一時停止」ができるなど、映像を用いた個別指導が効果的と言われています。2020年現在、サイトは14(完全)+28(一部)言語、映像は65言語に翻訳されています。

カーン・アカデミーは個別化教育を進める上で大きな役割を果たしています。アカデミーのツールには、動画講座だけでなく練習問題の自動生成・自動採点機能・自動進捗状況追跡レポートなどがあるため、ホームスクーリング [*1] で進捗を管理する保護者や教員・学校にも多く活用されています。

下記リンク先のMOOCsを紹介する記事でも、カーン・アカデミーやその他のオンライン講座について紹介していますので、ぜひお読みください。

2-2:ニューヨーク市教育政策:School of One

次に、アメリカ・ニューヨーク市の中等学校(Middle School)の教育政策「School of One (SO1)」について紹介します。「SO1」は、ニューヨーク市教育局が運営する中等学校の数学におけるプログラムで、2009年に始まり2011年までマンハッタン・ブロンクス・ブルックリン地区の6つの中等学校で約2300人を対象に運営されていました。

SO1プログラムは、個別化されたカリキュラムと学習開発・実施におけるテクノロジーの使用、ならびに学習環境におけるICTの使用を統合するもので、学習者ベース・生徒中心学習と呼ばれています。

SO1では生徒ごとに州の評価とテスト結果を総合した「プレイリスト」=個別学習プランが作成されます。これは生徒各自の学習ニーズと得意に基づいて、スケジュールと指導計画・各自に合った学習方法を調整したものです。生徒はプレイリストによって、6種類ほどの学習方法から授業ごとに異なる学習に参加することが出来ます。また教師は各生徒の成績に関するリアルタイムのデータを取得し、通常は毎日、生徒の授業を調整することができます。

6種類の学習方法:
1. 教師主導の一斉指導
2. 小グループの協働授業
3. 個別指導(1:1または1:小人数)
4. 個別学習(自習)
5. オンラインチューターや他受講者との授業/協働作業
6. 上記の複数組み合わせ

2010年の試験運用をニューヨーク市教育省研究政策研究グループが評価したところ、参加者が学習環境でより多くの時間を費やすなどの要因を考慮した後でも、参加した学生は参加しなかった学生を著しく上回る成績を示したとのこと。

2011年には、2010年のプログラムに参加した学生の進捗状況を教育開発センター(EDC: Education Development Center) の 子どもと技術センター(Center for Children and Technology) が独自に評価し、SO1を受講した学生は、プログラム前テストスコアと比較して、正しく回答されたテスト項目の数が平均的に増加することが判明しました。

2012年以降、プログラムのCEOであったジョエル・ローズ(Joel Rose)が New Classrooms という非営利団体を立ち上げ、NYC以外では「Teach to One: Math」という名前で38校・約13,000名の生徒を対象に、SO1と同じプログラムを運営しています。

コロンビア大学教員養成大学技術・学校改革センターが Teach to One:Math プログラムを分析したところ、生徒の数学の成長はほぼ1.2学年分の伸びがみられ、2012-13年度の全国平均を20%近く上回ったとのこと。


2-3:「個別化学習に関する有効なエビデンス」研究: ゲイツ財団

この章の最後に紹介するのは、ビルアンドメリンダ・ゲイツ財団によって2015年に発表された「個別化学習に関する有効なエビデンス」(Promising Evidence on Personalized Learning) 研究です。この研究では個別化された学習モデルが導入され財団と協力し、2014-15年度にNorthwest Evaluation Association (NWEA) Measures of Academic Progress (MAP) の数学・読解力の評価が実施された32校・8000名の生徒に焦点を当てています。

ランド研究所と共同分析された本研究によると、個別化学習の影響は主に4つの領域にわたるとされました。

  1. 成績:個別化学習は、生徒の数学と読解力にプラスの効果があり、成績が最も低い生徒は同級生に比べてかなりの成績を上げたことが判明し、特に数学で顕著であった。またスコアは全国平均と比較して大幅に上昇し、大多数の学校では統計的に有意であった。

  2. 学習実践: 個別化学習の実践の方法が、教員・学校によってかなり異なっていたことが判明した。現在の一斉授業実践とひと続きになったような、追加指導や個別支援などの実践は、割と一般的であった。一方、コンピテンシーベースモデルなど挑戦的ないくつかの実践は、あまり一般的ではなかった。

  3. 実践に効果的な並行活動最大の達成効果を出した3つの学校で、並行して実践されていた3つの活動要素を特定した。① 共同学習 (Student Grouping) 、② 学習スペースの支援 (Learning Space Supports Model)、③ 生徒ディスカッションデータの活用 (Students Discuss Data) が、個別化学習と並行して実施されていた。また共同学習においては、学習に集中できるように他のグループとは適切な距離を置いて作業をするなどの工夫も併せて確認されたとのこと。

  4. 教師と生徒の調査結果の国内サンプル比較:本研究に協力した学校では、能力ベースの学習をサポートする実践を教師がより多く利用していることや、個人化のための技術・機器をより多く利用していることなどが、国内の多くの学校と異なっていた。生徒は、教育目標を意識させ習得に向けた進捗を追跡することに重点が置かれていることに同意する傾向が強かった。加えて生徒は数学と国語が、ほとんどあるいは常に、生徒中心指導のために工夫されていると報告する傾向が高かった。


やり方がそれぞれ異なるからこそ、生徒の成果を上げられる個別化学習。成績だけでなく並行活動やICTの利活用も併せて取り組んでいる様子が効果的であることまで、研究によって明らかになりました。

3: 効果的な個別化教育を実現するポイントとは?

個別化学習とは「学習のペースと指導アプローチが、各学習者のニーズに合わせて最適化された学習」と定義されます。現状は、学校における個別化教育の推進以外に、自粛など外部の要因によって、学習活動が自己主導で行われる場合も多くなっています。

ポイント1:目標設定とアセスメント・フィードバックの設計・活用

個別化学習に不可欠なものは、3点あります。
1つ目明確な目標設定: 単元全体ならびに1授業で、どんな知識やスキルを身につけるかを明確にした目標設定をすること。
2つ目事前・事後のアセスメント(評価):単元や授業前後に小テストなどでアセスメントを行うことで、設定した目標を具体的・適切なものにすることができ、身につけた知識やスキルの確認ができます。
3つ目単元・授業計画にフィードバックや振り返りを組み込むこと:具体例としては事後のアセスメントの後に振り返りを行うことや、学習についてのアドバイスやフィードバックを周りからもらうことです。次の学習に向けて、身につけた知識やそれに応じた復習の必要性を判断したり、自分の得意な学習や活動を整理したりすることが大事です。

カーン・アカデミーの講座などでは1つ目-3つ目をある程度自動化しているので、よければ活用してみてください。

3-2:ポイント2:学びやすさに基づく活動設計

School of One政策では、小グループの協働授業やオンラインチューターによる授業・自習など6種類の学習方法を組み合わせて学んでいました。このような形で、自分に合った学習法についても検討してみることが、効果的な個別化学習につながります。また、漢字を学習する時と、数学の関数を学習する時で、異なった学習法を活用するのも良いかもしれません。

人の特性を8つの知能(インテリジェンス)に区分して理解するハワード・ガードナー博士によるマルチプル・インテリジェンス(MI)理論や、心理学におけるNLP理論の視覚優位・聴覚優位・身体感覚優位などのアセスメントを利用してみるのも、自分の学びやすい方法を理解する一助になります。

3-3:ポイント3:ICTなどのツール活用

PCやタブレット、スマホなどを利用して「いつでも、どこでも」学習できる環境が整いつつあります。Ankitects社が提供する Anki Mobile / AnkiDroid / AnkiWeb というホームページ・アプリでは、「エビングハウスの忘却曲線」と呼ばれる人間の脳のメカニズムを利用して、登録しておいたカードの内容を覚えるべきタイミングで出題してくれます。こういったツールを活用して、できるだけ効率よく学習を進めていくことも可能です。

先に引用した学習指導要領では、指導の中でおこなう「学習者のための個別化」は例示までの丁寧な記載がありました。一方、学習者自身が学習を調整するスキルを開発する「学習者による個別化」についてはあまり触れられていませんでした。

Society 5.0やwithコロナの時代にあたり、個別化学習を進める学習者自身が「独学力」と言われるような学習調整スキルを身につけることが、より問われてくるかもしれません。

Society 5.0とそれに伴って入試で求められる力についてよくわかるブログも、ぜひお読みください。

◆参考リソース:

・「個に応じた指導」に関する学習指導要領の規定:文部科学省  https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/attach/1399940.htm

・カーン・アカデミー(英語) https://www.khanacademy.org/ 

・カーン・アカデミー日本版 https://sundayresearch.eu/hitoshi/sundayresearch/khanacademy_japanese/ 

・New Classrooms: School Of One (SO1) / Teach to One math Program  https://www.newclassrooms.org/

・「個別化学習に関する有効なエビデンス」(Promising Evidence on Personalized Learning) 研究:ゲイツ財団  http://k12education.gatesfoundation.org/resource/continued-progress-promising-evidence-on-personalized-learning-2/

 ・AnkiWeb – Ankitects https://apps.ankiweb.net/