トップレベルで活躍するアスリートたちは、注目度の高い国際大会や国内大会で自分のベストパフォーマンスを発揮できるよう、あらゆる準備をして大会に挑んでいます。

実際に、大舞台で目を見張るプレーをする選手たちを見ていると「彼ら・彼女らは、メンタル面が強いから、あんなすごいプレーができるんだ」と思えてしまいます。

実際に、入念に心理的な準備をした結果、最高のプレーを発揮しているアスリートもいるでしょう。しかし、多くのトップアスリートは日常的にプレッシャーにさらされる環境に置かれており、このプレッシャーを感じやすい環境は、選手たちのメンタルヘルスが脅かされるリスクも大きいと考えられます。

では、どのような要素がプレッシャーとなりメンタルヘルスの害となるのでしょうか?

今回は、この疑問について一緒に考え、そこから私たちのメンタルヘルスの維持・向上に役立てるアイディアを考えていきましょう。

もくじ
1:トップアスリートは日々あらゆるプレッシャーを受けている
2:メンタルヘルスとストレスの関係
3:「メンタルが弱い=良くないこと、恥ずかしいこと」という捉え方がメンタルヘルスの1番の課題
4:メンタルヘルスのリテラシー向上のための取り組み
5:プレッシャーにさらされているのはアスリートだけではない
6:私たちがアスリートにできること
7:まとめ

1. トップアスリートは日々あらゆるプレッシャーを受けている

そもそも、プレッシャーとは何でしょうか?

プレッシャーがかかった状態を英語では「choke」という単語を使って表現します。正確には、プレッシャーがかかって息が詰まったような状態を指しており、choking under pressureという表現を使います。

プレッシャーのかかる場面でのプレーや人前での発表の時に、ドキドキして呼吸がしづらくなった経験はありませんか?このような状態がchoking under pressureの状態と言えます。

学術的には、プレッシャーは「パフォーマンスの重要度を高める要素」と説明されており、この要素を強く認識することによってプレッシャーがかかるとされています。

例えば、「このフリースローを決めないと同点に追いつけない」「このPKを外したら負ける」「周りの期待に応えないといけない」といったパフォーマンスの捉え方は、プレッシャーがかかりやすい考え方だと言えます。

トップアスリートの場合、試合前にプレッシャーを感じて、試合中にさらにプレッシャーを感じてしまいやすく、非常にストレスのかかった中で試合をすることが多いです。例えば、試合前に代表選手という立場などを意識して試合前にプレッシャーを感じてしまい、加えて試合中に起きたその後の展開を左右する重要な局面を意識して更にプレッシャーを感じてしまう、といった状況が考えられます。

このようなプレッシャーがストレスとなり、メンタルヘルスの低下を招いてしまうのです。

近年、ストレスを緩和・減少する方法としても「セルフコンパッション」の概念・実践が広がっています。下記のブログから定義や簡易診断・効用などについて読めます:

2. メンタルヘルスとストレスの関係

メンタルヘルスはよく「心の健康」と説明される事が多いです。この心の健康が脅かされてしまうのは、多くの場合過度のストレスを受ける(受け続ける)ことが原因となることが多いとされています。

ストレスは、「自分の期待と現実に起こった時にギャップがある場合に感じる心理的な負荷」と学術的には説明されています。例えば、自分は静かに電車の中で過ごしたいと「期待」している中で、近くで複数の人が大きな声で話し出してしまうと(現実に起きたこと)、ストレスを感じてしまうでしょう。

スポーツ指導者の場合は、自分が思い描いていた展開通りに試合が運ばないとイライラしてストレスを感じてしまうかもしれません。

トップレベルでプレーするアスリートの多くは、試合中のミスや不利な展開から受けるストレスだけでなく、SNSのコメント、記者会見、遠征先での食事などの競技場面外のあらゆる出来事からもストレスを受けています。これは、メンタルヘルスを害してしまうリスクに晒されていると言い換えることもできます。

ストレスを過度に受けた結果、メンタルヘルスを害してしまうことが起きてしまいます。代表的な物として、以下の症状が挙げられます。
・うつ
・極度の不安
・摂食障害
・物質依存(薬物、アルコールなど)
・睡眠障害

このような症状は体のケガや風邪の時と同様に治療や療養されるべきことです。そのため、カウンセリングを受けたり、心療内科にかかったりするなど、適切な処置を受けることが大切になります。

3.「メンタルが弱い=良くないこと、恥ずかしいこと」という捉え方がメンタルヘルスの1番の課題 

皆さんにとって、風邪をひいたりケガをした時に病院や地元のクリニックに行くことは、決して特別なことではなく、特別ためらうこともそこまでないでしょう。

一方で、心理的に不調を感じていた時に、心療内科やカウンセリングを受けることに対してはどうでしょうか?どこか後ろめたさや恥ずかしさを感じてしまうことが少なからずあるかもしれません。

この、メンタルヘルスがどこか敬遠されてしまう傾向は、日本だけでなく諸外国でも同様な傾向が見られます。特に、アスリートに対しては「メンタルが強い」という印象を持たれやすく、この捉え方によりアスリート自身も心理面の弱さを隠したりカウンセリングや心療内科を避けることにつながります。

このような特定の立場の人のメンタル面が強いと見られる傾向は、アスリートに限らず先程出てきた会社のCEO、スポーツ指導者、学校の先生など責任ある立場にある人たちにも同じことが言えるのではないでしょうか。

自分では心療内科にかかりたいと思っていたり、カウンセリングを受けた方がいいと思ってはいる。だけど、周りの目が気になってためらってしまう。

このような環境が、メンタルヘルスに対する適切な理解を阻害してしまう要因としてメンタルヘルスの研究では報告されています。

4. メンタルヘルスのリテラシー向上のための取り組み

メンタルヘルスの啓蒙やメンタルヘルスに対する正しい理解を普及させる上で課題となるのが、メンタルヘルスに対する偏った認識(メンタルが弱い=恥ずかしい事、良くないこと)です。

このメンタルヘルスの啓蒙・普及は、メンタルヘルスのリテラシーとも呼ばれます。具体的には、メンタルヘルスに対して適切な認識を持つことで周りの人や自分自身のメンタルヘルスの変化に気づきやすくなり、早期予防につながると考えられています。

国際スポーツ心理学会(International Society of Sport Psychology; ISSP)は、2020年にオリンピアン・パラリンピアンのメンタルヘルスに関する論文の中で、トップアスリートがストレスを感じる要素や状況を本大会前、中、後のそれぞれを紹介し、このようなストレスがかかる状況に対する心理面のサポート体制の構築の重要性を報告しています。

大会前は準備期と位置づけ、メンタルヘルスの啓蒙と選手のメンタルヘルスのチェック、メンタルヘルスのサポートネットワークの構築、セルフケアやレジリエンス(困難から立ち戻る、回復する能力)のトレーニング、心理的安全性が保たれた環境づくりの重要性を強調しています。

大会中は、家族や友人とのネットワークを含めた大会中のメンタルヘルスのサポート体制の確認、選手だけでなくコーチングスタッフのメンタルヘルスのケア、心理的なリカバリーの実施、が重要になります。

大会後は、改めて選手のメンタルヘルスのチェックを複数の方法(アセスメント、カウンセリング、行動の観察など)を行い、メンタルヘルスのサポート体制を用意しておきます。その理由として、大会後は現役引退か続行を決める上で大きなストレスを受けること、燃え尽き症候群の傾向がよく見られることなどからも、大会後にはこれまでと違った心理的な負荷がかかりメンタルヘルスを害してしまう可能性が高いからです。

他にも、全米大学スポーツ協会(NCAA)では、学生アスリートのメンタルヘルスの支援を表明しており、ホームページでメンタルヘルスのセルフチェックができるリンクを掲載したり、コーチや学生アスリートを取り仕切る組織(Athletic Department)に関わる人ができる支援方法などをまとめています。

近年では、テニスの大坂なおみ選手や、NBAのケビン・ラブ選手など、アスリートが自身のメンタルヘルスの課題をSNSや記事を通して公にして、世の中にアスリートのメンタルヘルスの課題を認知してもらう試みも増えてきました。

ケビン・ラブ選手のメンタルヘルスについて 
https://www.theplayerstribune.com/articles/kevin-love-mental-health

また、ラグビーの畠山健介選手も大坂なおみ選手のメンタルヘルスの話題に触れながら、自身のメンタル面の不調とメンタルヘルスのリテラシーの必要性について話しています。
https://globe.asahi.com/article/14377881

このように、メンタルヘルスについての理解を向上させる取り組みはあらゆる方面で行われていますが、現状はまだ十分な啓蒙が進んでいるとは言えないでしょう。

メンタルヘルスに対する認識を変えていくには、このようなメンタルヘルスのリテラシーに関する情報に継続して触れていくことが欠かせません。

そして、私たちアスリートを見る側、支える側の人がアスリートがプレーする環境に対して少しずつ理解を深めていき、彼ら彼女らのメンタルヘルスに対しても理解を示すことが大きな支援にもなります。

5. プレッシャーにさらされているのはアスリートだけではない

ここまで、トップアスリートがプレッシャーにさらされている環境にありメンタルヘルスを低下させるリスクが大きいことを説明してきましたが、プレッシャーにさらされているのはアスリートだけではありません。

会社のCEO、学校の先生、スポーツ指導者、グループ内のリーダーなど、人前に立って指揮を取る人やグループを率いる人は、組織を導くことに対してプレッシャーを感じるでしょう。

アスリートに限らず、演奏者や外科医などの「パフォーマンス」を伴う職業の人もアスリートと似たようなパフォーマンスに関するプレッシャーを感じるのではないでしょうか?

立場は違えど、私たちは自分の置かれた立場や役割によって生じるプレッシャーを感じることが多く、アスリート同様にメンタルヘルスに留意する必要があると言えます。

どのような事からプレッシャーを受けるかは職業や個人の考え方から受ける影響が大きく、一概に言えない部分はあります。

しかし、先に紹介した「パフォーマンスの重要度を高める要素」がプレッシャーの源になる、という原則を踏まえて、
(1)自分の仕事や立場において、重要だと感じるものは何か?
(2)(1)で挙がった重要だと感じることを、いつ、どんな時に強く感じるか?

の2つについて自分に問いかけてみると、自分がプレッシャーを感じる要因が少しずつ見えてきます。

この要因に対して対策を用意することで、プレッシャーを和らげてプレッシャーから受けるストレスを軽減することができます。

プレッシャーを和らげ、パフォーマンスを発揮するための考え方として「セルフマネジメント」も重要です。下記リンク先から具体的にセルフマネジメントを高める方法なども読めます

6. 私たちがアスリートにできること

ここまで説明してきたアスリートのメンタルヘルスの課題を理解するとこは、彼ら彼女らのメンタルヘルスの維持や 向上に貢献することにも繋がります。

その理由は、社会や周囲の人がメンタルヘルスの理解を持つことで、必要以上にプレッシャーを感じることを防ぎ、必要に応じて治療や療養を受けることの後押しにつながるからです。

SNSやネット媒体の記事の発達により、私たちとアスリートの距離は近くなり、お互いが交流を持ちやすくなりました。この交流を通してアスリートのメンタルヘルスの理解を示すことで彼ら彼女らが必要な時に療養したり治療を受ける後押しにもなります。

そして、この理解をアスリート以外の人にも示すことで、社会全体が心の健康を考えたりメンタルヘルスについて意見を交わし合いやすくなる環境を作り出すことにもつながると考えられます。

7. まとめ

今回は、アスリートの競技環境とメンタルヘルスの課題を参考にしながら、アスリート以外の人たちのメンタルヘルスの課題についても考えてきました。

プレッシャーのかかる場面でプレーするアスリートたちは、「メンタルが強い」と思われがちですが、トップアスリートが身を置く環境ではあらゆるプレッシャーがつきまといます。その結果、必要以上に大きなストレスを受けてメンタルヘルスを害してしまうアスリートは少なくありません。

このようなアスリートのメンタルヘルスの課題解決には、メンタルヘルスのリテラシーの向上が重要であり、近年はアスリートからメンタルヘルスの実態について情報が発信される機会も増えました。

また、アスリートのメンタルヘルスへの理解を示し続けることで、メンタルヘルスについて話し合う環境の創出にもつながると考えられます。

メンタルヘルスは、センシティブな内容でもあるので日常会話で大っぴらに話し合うというよりかは、必要な時に面と向かって話し合ったり相手のメンタルヘルスの課題に耳を傾ける姿勢を持てるようになることが大切と言えます。

今回の記事を通して、アスリートや自分自身のメンタルヘルスについて考えるきっかけになれば幸いです。

 

メンタルヘルスに関連して、心理学の一分野として幸福感・ウェルビーイングについて研究・分析する「ポジティブ心理学」を紹介します。下記ブログで詳しく読めます:

参考文献

Baumeister, R. F. (1984). Choking under pressure: Self-consciousness and paradoxical effects of incentives on skilful performance. Journal of Personality and Social Psychology, 46, 610–620.

Gulliver, A., Griffiths, K. M., & Christensen, H. (2012). Barriers and facilitators to mental health help-seeking for young elite athletes: a qualitative study. BMC psychiatry, 12(1), 1-14.

Gulliver, A., Griffiths, K. M., Mackinnon, A., Batterham, P. J., & Stanimirovic, R. (2015). The mental health of Australian elite athletes. Journal of science and medicine in sport, 18(3), 255-261.

Henriksen, K., Schinke, R., McCann, S., Durand-Bush, N., Moesch, K., Parham, W. D., … & Hunziker, J. (2020). Athlete mental health in the Olympic/Paralympic quadrennium: a multi-societal consensus statement. International Journal of Sport and Exercise Psychology, 18(3), 391-408.

National College Athletic Association, Mental Health Best Practices:
https://www.ncaa.org/sport-science-institute/mental-health-best-practices

早川 琢也

2007年東海大学理学部情報数理学科卒、2009年東海大学体育学研究科体育学専攻修了。東海大学大学院では実力発揮と競技力向上の為の応用スポーツ心理学を学ぶ。 2014年8月よりテネシー大学運動学専攻スポーツ心理学・運動学習プログラムに在籍。スポーツ心理学に加え、運動学習、質的研究法、カウンセリング心理学、怪我に対するスポーツ心理学など幅広い分野について学ぶ傍ら、同プログラムに所属する教員・学生達のメンタルトレーニングを選手・指導者へ指導する様子を見学し議論に参加する。 2016年8月より同大学教育心理学・カウンセリング学科の学習環境・教育学習プログラムにて博士課程を開始。スポーツスキルを効率良く上達させる練習方法、選手の自主性を育む練習・指導環境のデザインについて研究。2020年11月に博士号(Ph.D.)を取得。現在は、慶應義塾大学兼任研究員として選手の主体性を育める練習環境をテーマに研究を進める一方、NPO法人Compassionのメンバーとしてスポーツ心理学、運動学習、教育心理学などの学術的な理論や研究内容を応用して、子どもが未来に対して希望を持てる心のサポート活動も積極的に行なっている。