野崎智成(とも)

1978年生まれ、佐賀県唐津市出身。三重大学卒。2004年、(株)エス・エム・エス (東証2175)へ参画。営業・マーケティング・管理・事業開発・子会社立上げ等の役割を歴任、会社の発展に尽力。2013年、同社を退社。エスエムエス創業者の諸藤周平と、(株)Viling Holdings及び(財)活育教育財団を設立、代表理事に就任。「イキイキと生き続ける力を引き出す」をミッションに、キャンプ・アフタースクール・教員向け研修などの事業を推進中。

Katsuiku Academy スタッフインタビュー【野崎智成

Katsuiku Academyでは現在どのようなことに取り組んでいますか?

野崎:Katsuikuでは福岡県糸島市で「次世代の学びの場」事業を担当しています。自分も周りの人たち、次やそのまた次の世代も含めて、皆が社会とともにイキイキと生き続けるにはどうしたら良いのか、そのための学びと実践の場づくりを行っています。

2021年3月から拠点を東京から糸島市へと移し、現地での具体的な事業の進め方を模索している段階です。

Katsuiku Academyではそれぞれがイキイキを追求する上で、それぞれが持っている価値観やストーリーを大切にしていますが、野崎さんのストーリーを聞かせてください。

野崎:私は佐賀県東松浦郡浜玉町(現在の佐賀県唐津市)という、海山川が全て徒歩や自転車でいける田舎で生まれ育ちました。小中高は地元の公立学校で学び、その後他県の国立大学へ入学しました。ただ、典型的な大学入学をゴールとしていた学生で大学生活はとても楽しかったが勉強した記憶がないような生活でした。

就職氷河期の状況で、なんとかIT系上場企業へ就職し、営業を担当して色々と勉強にはなったのですが、自分の中での転機は社会人4年目の転職です。

転職を考えていた頃に兄の友人が会社を立ち上げていたのでその話を聞いたのがきっかけでした。2004年当時、今ほどスタートアップ や起業が一般的ではない中で、起業してギラギラと仕事をしている同年代の人たちと接して、非常に刺激を受けたのを覚えています。「自分もここに入りたい」と一瞬で思いました。その思いを胸にすぐにIT企業をやめ、10人ほどだったスタートアップへ入社しました。2003年に創業した企業で私は2004年に入社し、2008年にはマザーズに上場していました。

急成長を成し遂げて行った企業ですね。

野崎:入社当初は10人とも全員20代中頃の若い人ばっかりでしたね。これで会社を回していくという経験は貴重だったと今でも思います。社員はどんどん増えていき、入社当時は狭く汚い雑居ビルだったオフィスもどんどん広くきれいになっていきました。事業所も日本全国にできていき、海外にも進出していきました。

急成長をしていると変化が激しそうで困難もたくさんありそうですね。

野崎:スタートアップ にありがちな一定のコンフリクトも経験しました。社員が多くなると多様性の幅が出てきて、そこで初めて「企業理念を作らなきゃ」と考えて皆で理念作ったり等。会社が大きくなっていく過程で様々なポジションも任せてもらえました。事業所立上げ、事業部責任者、マーケティング、新規事業開発、合弁子会社立上げ、人事、総務、購買、など、今振り返ると多分ほとんど全ての役割をやったかもしれないです。任せてもらえる役割が目まぐるしく変わっていく中で、自分の業務と照らし合わせながら勉強し実践する日々が続きました。

この時は辛いこともたくさんありましたが、学んでいる感覚がとても楽しかったようにも思います。インプットしたことをすぐに実践でき、フィードバックをもらえる場所があって初めて「学び」と言えるのでは、と思うきっかけになった期間です。

困難な経験を通して、たくさんの気づきや学びがあったのではないでしょうか。

野崎:そうですね、たくさんありました。例えば、この時期は人がたくさん入ってきていました。それこそ、自分が入社した当初は考えられなかったような、国内海外問わず一流大学や一流企業経験を持っている方々が入ってきました。

こんな人たちがたくさんいたら、会社はもっとよくなるだろうとワクワクしましたし、自分も成長しなければという適度な緊張感も持つことができました。

その一方、一流大学や一流企業を卒業して、予想以上に素晴らしい成果を残して「さすが、すごいな」と思う人もいれば、なかなか成果を思うように出せない人もいました。

そこの違いを観察してみると、単純なスキルや経験だけではなく、その人のマインドが重要ということに気づきました。

また、そのマインドがどこでどう醸成されるものなのか、ということにも興味を惹かれていきました。自分の実戦を踏まえて初めて学びとなるという感覚や、マインドが重要という気づきがあり、この辺りから教育に興味を持ち始めました。

この時から教育への関心が高まったのですね。

野崎:自分にも家族ができ、子供にも二人恵まれたことで、この子たちにどういう環境を用意してあげれば良いのだろう?という意識から、教育により興味を惹かれ始めたのもあります。

色々と調べてみると海外の事例や、日本でもより遠くの未来を見据えて教育活動を行っている人たちが実はたくさんいて、勇気づけられました。一方で、これは良さそうだなと思うような教育事例が、様々な理由でなかなか広がらないという状況も垣間見えました。

これらを考えていると、自分自身ともより深く向き合うことになりました。

自分には必要とされているマインドがあるだろうか?

本当に自分の人生の目的を設定し、そこに向かえているだろうか?

今の自分のマインドの理由や背景はどこにありそうか?

このような問いを考え続けた結果、自分が最も興味があり没頭できそうな領域に、自分の最後のキャリアとして向き合おうと決めました。

領域は教育と決め、これまで考えてきたマインドや実践から学べる場を作るという、最も自分が成したいことを主軸において活動することを決めました。

当時よく話していた、SMS創業者の諸藤さんもまた違ったアプローチではありますが同じような領域に興味をもっていたので、2015年に「社会とともに生き続ける力を引き出す」をミッションに、活育教育財団を立ち上げました。

財団を立ち上げて今はどのようなことに取り組んでいるのですか?

野崎:自分のライフミッションを、「サステナブルな学びの場づくり」と設定し、いくつかの事業のテストやリサーチを行っています。

これに携われている時は、今までの人生で最も夢中になっていると思います。「誰かに何かを教える」という行為でなく、「自分も一緒になって学び続け、変容し続ける。」これに関われていると、この上なく幸せを感じます。辛いこともありますが、この環境に感謝しています。

財団のミッションが「社会とともに」とありますので、今ご自身が取り組んでいることが、どのように社会への貢献に繋がると思いますか?

野崎:次世代の学びの場は、今の日本や、もしかすると世界でもまだ少ない取り組みだと考えています。これまでやってきたキャンプや授業や教員の方向けの研修もやりながら、さらに学校のような継続的な場も作る予定です。

まだ取り組んでいる人が少ない領域である一方で必ず長期目線では必要とされる領域だとも信じ込めています。これを今のうちから実現に向けて動いておくことが、将来の社会に間違いなく良いインパクトが残せると信じています。

大人も、子供も、次の世代に生きる人たちも、持続的な幸福感を高めあいながら一緒にイキイキと生き続ける社会を実現すること。これを実現でき、広げていくことができたら、それは社会に貢献することになるはずだと信じています。

イキイキと生き続けるというキーワードがあがっていますが、それに向けて、今必要だと感じているスキルは?

野崎:たくさんあると思いますが、特に、自分のパーパスを自分なりに描く力、経験学習していく力、自己認識を高め続ける力がとても大事だと思います。

「自分とは何者なのか?」

「自分は外(社会)からどう見られているのか?」

「自分が何者なのか、を自身で完結せず社会とすり合わせ、社会とともに自分がなしたいことを創っていく」

なぜこれらが必要だと感じていますか?

野崎:これからさらに複雑でスピードを増していく社会でイキイキしていくため、人から与えられるではなく、自分自身で目標設定しないとブレてしまう可能性があります。ブレてしまうと持続的幸福にはつながらないと思っています。また、予習ではなく実践からの学びの方が有用でもあると思っています。

自分の視野に囚われず周りの視野を取り入れることで、より見えている範囲が広がり自分の人生をイキイキすることにつながっていくと信じています。

最後にイキイキを目指している中高生へ今のうちにしておいた方がよいことなどありますか?

野崎:いろいろなコミュニティに所属し、いろいろな人と会ったり、話をすることをぜひ実践して欲しいです。社会は複雑でとても広いです。

今、あなたが所属しているコミュニティは世界の中のほんの一部であり、一つの事例でしかありません。多くを知り、自分の人生と照合し、周りからの意見を聞きながら、自分の道を歩んでいって欲しいです。