田鍋 衛

灘高等学校在学中。小学校から好きだった天気の観察から14歳で気象予報士試験に合格。2018年の夏にKatsuiku Academyが行った小豆島でのサマープログラムに参加した経験あり。国内外のプログラムに積極的に参加しながら自らの活躍の場を広げている最中。

ーKatsuiku Academyを知ったきっかけは何だったんですか?

衛:キャンプに参加する前から仲良くしていた船田美咲さんからの紹介がKatsuiku Academyを知るきっかけでした。(船田さんのインタビュー記事)その時点では、すでにインターンや海外のプログラムに参加することも予定していたので忙しい夏休みになると思い、実は最初はKatsuiku Academyへの参加を迷っていました。その時に美咲さんから「参加して万が一後悔したら私が全額負担するって自信持って言えるぐらいオススメだよ」と言われ、そこまで言わせるキャンプなら行ってみるかと思いました。

また、Katsuiku Academyのキャンプの後に米国のスタンフォード大学のプログラムに参加する予定だったので、渡米する前にデザイン思考について予め学べるのであればと思い参加を決めました。

ーキャンプでの第一印象はどんな感じでしたか?

衛:Katsuiku Academyのキャンプに参加する前にもいくつかワークショップやイベントに参加していたのですが、大学生向けのものが多かったので同学年が全国から集まる中高生向けのプログラムは初めてでした。どうしても大学生向けのイベントに参加すると良くも悪くも特別扱いされてしまい、気を遣われてしまうことが多かったのですが、同世代の仲間たちだったので特別扱いもなく、打ち解け易かったのを覚えています。

自分の弱さを見せる勇気で今までの概念が大きく変わった

ーキャンプで一番印象的だった思い出は?

衛:スタッフの前で大泣きしてしまったことが一番印象的で、いろいろな意味でターニングポイントにもなりました。Katsuiku Academyのキャンプは参加者も一緒にキャンプを作るというのが前提で、参加者も意見があればスタッフミーティングに参加して話せるようになっていました。

数日経った中で、参加者側では消灯時間を含めた細かな点に対して提案したいことがありそれを参加者代表として僕の方からスタッフに相談したら、スタッフミーティングで共有して欲しいと言われました。正直いうとスタッフミーティングは大人たちが真剣に話し合っている場所で怖くていきたくないという思いもありましたが、仲間からも代表していって欲しいと言われていたので勇気を出して参加しました。

ただ、自分が提案した後にその提案に対する背景や理由を突っ込まれた際に泣き出してしまいました。今振り返ると何を突っ込まれたのかも思い出せないのですが、とりあえず涙したのを覚えています。でも、散々泣いたのをみんな知っていたのに、参加者から格好良かったよとかスタッフからも勇気を出して話してくれてありがとうと感謝を言われたのに驚きました。

ーターニングポイントとありましたが、それをきっかけに何が変わったのですか?

衛:この経験をするまで、自分の中では「泣くこと」と「格好良い」というのは対極にあるものでした。でも、泣いても格好いい、泣いてもしっかりと思いを相手に伝えることができることを経験できたのがとても大きかったです。

ー泣いたらかっこ悪いという概念が自分の中にあったのですね?

衛:昔からおばあちゃん子で、おばあちゃんの葬儀で喪主である父親を支えるために「長男は泣くな」と親戚に言われたのがきっかけだったかもしれません。一家の長男としてのプライドと誇りが生まれたと同時に「長男は泣いてはいけない」というのが自分の中で生まれました。

そこからは「悲しい時も人前で泣くのは恥ずかしいことだ」と自分に言い聞かせていました。ただ、キャンプでの仲間たちは僕がスタッフミーティングで泣いたのを知っていたのに格好いいと言ってくれて、衛が頑張ってくれたから自分たちも頑張るとその後も行動で示してくれました。

この時の経験をもとに今では、悲しい時は泣いてもいい、涙は弱さではなく、強くなるための過程で出るものだと思っています。辛そうにしている友達から相談を受けると「泣きな、泣きな」と伝えているぐらいです。

フィードバックから急成長を経験

ーKatsuiku Academyのキャンプでの学びは?

衛:強烈に覚えているのがフィードバックのアクティビティです。チームで行う最終発表に向けて、まだまだ完成していないプレゼンテーションを取りあえず1分間にまとめて発表することが求められました。その発表に対してスタッフからフィードバックをもらい、すぐチームでフィードバックを反映し、また1分間プレゼンテーションを行うというサイクルを短時間で繰り返す内容だったのですが、これが一番辛かったです。

元々僕は完璧主義者の部分があり、1分プレゼンでは、まだ未完成だと自分でもわかっている部分を案の定スタッフに突っ込まれることを何度も味わいました。ただ、たくさんのフィードバックをもらい、その場で修正を行うことで急激に完成度が高いものを作れたのは大事な経験でした。

ーその後も学びは活かせていますか?

衛:キャンプが終わってからも完璧主義者の自分はまだまだ残っていたのですが、自分が作ったものをより早い段階で見てもらうことにも挑戦することができています。最近、卒業文集を書いていたのですが、それも友人や親に何回も読んでもらいフィードバックをもらいました。色々な人からフィードバックをもらうことで、たくさんの視点が反映されるようになってきました。

挑戦することと自分と向き合う大切さ

ーキャンプ参加する前から気象予報士の資格を取得する等、積極的に活動していましたが色々なことに挑戦する原動力は何ですか?

衛:僕が通っている学校は中高一貫校なので、中学3年生は中だるみになりやすいと思っていました。そして中学受験が終わった後には好きなことに専念させて欲しいと親に話していました。学校には勉強できる人がたくさんいたので、勉強できるというキャラで目立つのは難しいと考えていました。

でも自分はここでは負けないという分野、自分なりのアイデンティティを作りたいと思っていました。

当時から資格を集めるのは楽しそうだと思っていて、どうせ挑戦するのであれば簡単なものよりもでかいことをやってみようと決めていました。小学生の時から天気について調べたりするのが大好きだったので、これだと思い気象予報士の資格に目をつけました。

ー気象予報士の資格を目指すと親に話した時は驚いたのでは?

衛:実は気象予報士の資格を目指していることは、母親以外は誰にも伝えていなかったんです。おばあちゃん子だったと話しましたが、中学受験で受かった時におばあちゃんがものすごく喜んでくれたので、もう一度喜んでいる姿をみたいと思いサプライズさせようと思いました。サプライズにしたかったので、周りには伝えず教材も自分で購入し勉強していました。ただ教材が家に届いたり、勉強するために外出する必要もあったので母親だけには伝えていました。

ー気象予報士を14歳の時にとって周りの反応はどうでしたか?

衛:周りは驚いていました。父親はなかなか褒めないのですが、サプライズで合格証明書を見せた際には「これは何?」とまずはキョトンとしていたのですが「僕が合格しました」と伝えたところ大好物のお寿司をとってくれたり、母親もとても喜んでくれたのを覚えています。残念ながらサプライズしたかったおばあちゃんはその時にはすでに他界していたので直接見せることはできなかったのですが、お墓で報告をしました。周りの友達からは気象予報士として扱われるようになり、テレビ番組も特集をしにきてくれて学校にも番組のカメラが入ったこともありました。

ーアイデンティティを確立したかった当初の目標は大成功だったんですね。

衛:それまでは学校では普通の生徒の一人だったのが、テレビ番組に特集されたり、地学の先生も持っていないような資格をとり、学校内で1番の専門家になりました。一目置かれるようになって、他の誰にも負けない分野をもち、アイデンティティを確立できたので目標は大成功です。ただ、気象予報士の資格も元々は天気が好きだったという延長線上でこれを生涯仕事にしていくなどの思いは特に持っていなく、今ではアイデンティティとしても大きな意味は持っていないとも感じています。

ーご自身のアイデンティティや考え方と向き合っているのがすごく伝わりますが、自己分析することは昔からやっていたのですか?

衛:昔から自己分析も行っていましたが、Katsuiku Academyのキャンプも影響をしていると思います。Katsuiku Academyのキャンプのテーマは「離島医療」を取り扱っていましたが、それ以上に自分と向き合うというプログラム内容になっていたので、そこから自分と向き合う時間が増えていきました。

それを自分の中に留めるだけではなく、キャンプで自分の内面を周りと共有することができたのも貴重な体験でした。元々いろいろなワークショップに参加したりしていたので、「自分のことは自分がわかっている」と思っていましたが、他人に指摘されることで「え!そうだったんだ!」と自分について改めて驚くことが何度もあったので、それを踏まえてさらに能動的に自分のことを分析することを行っていきました。

また、Katsuiku Academyのキャンプの後に参加したプログラムでは複雑な問題と一週間向き合うプログラムに参加しており、複数のことが絡み合う中で本質的な問題は何なのか?ボトルネックはどこにあるのか等をより深く考察する経験ができました。

この二つの経験が織り混ざって、自分の内面と向き合うこと、その中でも絡み合っているたくさんの要素で本質的な課題は何なのかを考えるようになりました。

ー自分と向き合うために行っていることはありますか?

衛:自分の考えていることや思っていることを書き留めるようになりました。瞑想したり、自分の考えをまとめたり、整理することが増えていったと思います。日記に書いたり、文字として残すことで振り返りがしやすくなっています。

中学2年生ぐらいの時から自分の人生では偉大なことをして名前を残したいと思っていました。その中で将来について真剣に考えるようになり、海外にいくのか、就職するのか、大学に行くのかなどいろいろなことを考え始めました。いずれにせよ自分で決めて選択する必要があると思い、そのためにも自分と向き合う必要性があると今も思っています。

ー大きなことを成し遂げている気象予報士はアイデンティティの大きな部分ではないのですか?

衛:少し前までは自分を語る上でも外せない大きなことだったと思います。今でもとても大事には思っていますが、しがみついて行こうとは思っていない状態です。今は手放し始めている段階です。

ー確立したアイデンティティを手放すのは怖くないですか?

衛:まさに自分の中では今いろいろなことが揺れ動いています。でも、涙を出して強くなるのと同じように、自分はこれからも悩みながらも自分が成し遂げたいことや自分の内面と向き合いながらたくさんのことに挑戦していきたいと思っています。

苦手という認識を乗り越えて挑戦

ー今挑戦していることは何ですか?

衛:元々経営や経済にも興味を持っているので、その道を進んで行こうと思っています。経済学を進める上では数学が必須だと思っているので、あえて経済学部ではなく工学部などを検討しています。

今までの成績を振り返ると圧倒的に文系ですが、数学が苦手だから理系にいかないなどという選択はしたくありません。数学や理科も嫌いではないのですが、今まで圧倒的にやりこなしてきた量が足りないと思っています。

やればできるはずなのにやってこなかったからできないという状態では納得がいかないので、自分がやったと思えるところまでやりたいと思っています。

ーまさしくグロースマインドセットの考え方ですね。

ー中高生向けにメッセージをお願いします。

衛:自分で考えて、自分が道を決めればいいと思います。ただ急に全てを自分で決めるのではなく、最初は親とか先生とか自分より長く生きている人たち、いろいろな経験値を積んでいる人たちの話を聞いて、それに基づいて行動をしてみる。

行動をしていく中で違和感が出てくると思うので、その違和感を大切にする。

例えば勉強が好きでずっと勉強していたら周りから医者になりなさいと言われて、その言葉に違和感を感じたらそれは自分の将来について考える機会になると思います。なんで違和感があるのだろうか?という疑問と向き合うのが大事だと思います。

向き合うという点では、僕自身は自分と向き合うためにも実は人が大事だと思っています。自分一人では整理ができないことがあったり、どこまで行っても一人だけでは客観的な評価は不可能だと思うので、一緒に話を聞いてくれる仲間が必要です。

そういう人たちと出会うためにもたくさんの人に会うことがオススメです。自分のコミュニティの外に出て、新しい価値観に出会うことはしんどいこともあるけど自分のことを深く知るにもとても大切なことだと思っています。