下向 依梨

株式会社roku you 代表取締役 / 一般社団法人 日本SEL推進協会 代表理事
慶應義塾大学総合政策学部在学中、社会起業家育成のパターン・ランゲージを開発、出版。その後、米国・ペンシルベニア大学教育大学院で発達心理学(Social Emotional Learning)において修士号を取得。帰国し、東京のオルタナティブスクール(小学校)で教鞭を執る。算数・英語を中心とする教科を教えながら、探究学習のカリキュラムづくりと、SELベースのプログラムの開発に従事。現在は、教育クリエイターとして、教育委員会のコンサルティングや若者向けのみならず、シニアに向けた「学び探究する面白さ・楽しさ」を感じる教材づくりに従事。Katsuiku Academyではカリキュラム等のアドバイザーを務める。

下向依梨さんインタビュー(前編)

新型コロナの感染拡大で、世界経済の先行きは強い不透明感に覆われています。日本においても、外出自粛の日々が続き、今までのライフスタイルががらりと変わる変革期をむかえています。働き方、勉強方法など既存の概念から脱皮し、新しいマインドやスキルを身に着け、活用することが社会で求められています。このような不透明な社会の中で、ピンチをチャンスに変え、イキイキと仕事や子育てや勉強をするにはどうしたらいいのか?今回のインタビューでは、SELの専門家である下向依梨さんの話を伺いました。SELとはそもそも何なのか、SELをどのように活用すればいいのか、今の時代だからこそ求められるスキルやマインドセットのヒントをいただきました。

SELとはどういうものでしょうか。

SELとは、「Social Emotional Learning」(ソーシャルエモーショナルラーニング)の略のことで、日本語では「社会性と情動の学習*」と訳されます。(*出典:日本SEL推進協会)SELは「自尊感情と対人関係能力」の育成を目的とする科学的根拠(脳科学、臨床心理学、発達心理学など)に基づく教育アプローチです。暴力行為などの問題行為の減少だけではなく、日常生活や社会における問題発見能力の向上、やり抜く力(GRIT)(GRITに関してもっと知りたい方はこちらの記事をご覧ください(グリットとは?世界のトップレベルが知っている成功に必要なやり抜く力))などの非認知能力の育成にも効果があると言われています。

「 SELを通して世界で活躍するチェンジメーカーを増やしたい 」下向依梨

SELとの出会いについて教えてください。

「 SELを通して世界で活躍するチェンジメーカーを増やしたい 」下向依梨

SELとの出会いはアメリカの大学院に入った時(2014年の10月頃)でした。そもそも私が大学院に入ろうと思ったのは、チェンジメーカー*(社会課題を解決すべく行動を起こせる人)を育てるための環境作りをしていきたかったからです。大学院に入る前には、学士での研究を通してすでにチェンジメーカーとなるための行動やマインドセットのパターン化を行い、書籍化、教材・教育プログラムの作成をしていました。しかしどんなに頑張って伝えようとしても、響く人とそうでない人がいることが次第に分かってきました。なぜすぐに理解して具体的な行動にまで落とし込める人と、そうでない人がいるのだろう。それを解明すべく大学院に入ることを決意しました。入学してすぐにSELのことを学び、自分は今まで、行動やマインドセットなどの表層的なものにしか焦点をあてていないことに初めて気付いたのです。つまりそのもっと下にある感情について触れなければならなかったことに気が付きました。

※チェンジメーカーとは?

社会起業家。自分のコミュニティや会社などをより良くする責任を持ち、社会がより良くなるために実際に行動し、変化を起こせる人のことを指します。

自己認識力を高めて社会構造を把握する

― 下向さんにとってSELを一言でまとめると何でしょうか?

内面でおきていること深く理解することで世界を捉えて変化を作っていくための学びですね。

感情という内面でおきていることを捉えることと世界に変化を生み出すことはどう繋がるのですか?

「 SELを通して世界で活躍するチェンジメーカーを増やしたい 」下向依梨

私は、「感情」というのは、その人の中にある感情システムのことだと思っています。感情だけではなく、社会で起きていることも全てシステムとして捉えることができます。

私のいうシステムとは、様々なことが複雑に絡み合ってできている構造そのもののことです。例えば、誰かにひどいことを言われてムッとなったとします。一見その感情は「怒り」のように見えますが、もっと深堀していくと、怒りのその先には「悲しみ」があったりします。しかもその悲しみは、小さい頃に言われた一言によって傷付けられた経験から発生しているかもしれません。さらに深堀していくと、感情の奥にはニーズがあります。例えば「存在を認めて欲しい。」「抱きしめて欲しい。」などいったニーズですね。まずは「自分はそういうことをして欲しかったんだね」とニーズを認めること、つまり自分にやさしくなるということですね。決してその感情やニーズをジャッジしてはいけません。「こう思ってしまう自分がダメだ」とか、「直さなくてはいけない」ではなく、ただただ、味わうことが大切なんです。まずは今の現状を見たり、捉えたり、感じてみる。この自己認識ができて初めて自分の感情をコントロールしたり、適切な行動がとれるようになります。セルフマネジメント力は自己認識力とセットなのです。

このように自身の感情という複雑なシステムを捉えることができるようになると、その理解が自分という枠組みを超えて周囲にどんどん広がっていきます。家族であったり、友達であったり、周囲の人間の感情システムを捉えられるようになります。他者にも自分と同じような感情があるのだと気付くことで、他者の感情システムを理解して、コンパッション(共感力)を持ち、人に優しくできるようになります。
それができるようになると、次第に地域や社会の構造の理解・把握にまで拡大していきます。地域や社会で起きている問題の構造を理解することができるようになると、それに対して解決するための行動を起こせるチェンジメーカーが増えていくと思っています。

不確実性の高まる世界で求められるチェンジメーカーの存在

今後の社会になぜチェンジメーカーのような存在が必要だと思いますか?

今後の社会はますます複雑になっていくことが予想されます。VUCA*の時代と言われ、不確実性は増すばかりです。そんな中で今後の社会は確実に「AI」が浸透していく社会になっていくと思うのですが、AIはまだ人間程には複雑なことが理解できないのが現状だと思います。実際の人間社会では白か黒かをつけられることばかりではありません。とても複雑な構造なんです。AIはこういった複雑な構造に対応することはできません。例えば人の複雑な感情の揺れ動きを読んで行動したり、複雑な社会構造を理解した上で、クリエイティブな解決策を捻りだすなどは難しいのではないでしょうか。なので今後人間に求められることは、より複雑な問題や構造を理解し、新しいものを作り出す力、クリエイティビティです。そういった複雑な問題、社会課題に対してソリューションまで行動に落とし込めるチェンジメーカーは今後ますます必要とされる存在になっていくと思います。

「 SELを通して世界で活躍するチェンジメーカーを増やしたい 」下向依梨

VUCAとは?

VUCAとは、「Volatility(変動性)」、「Uncertainty(不確実性」、「Complexity(複雑性)」、「Ambiguity(曖昧性)」という4つの英単語の頭文字から取った言葉です。一言でいうと「予測不能な状態」を指し、現在のめまぐるしく変化し、予測できない経済環境を表すのに、2010年以降に使われるようになってきた言葉です。 VUCAに関してもっと知りたい方はこちらの記事をご覧ください(VUCAとは?不確実性が高い世界でグローバル人材に必要なリーダーシップ)。

日本教育の中で今後ますます求められるSEL

何かを生み出していく、作りあげていく必要性に気付いたのはいつでしたか?またSELはなぜ日本の教育の中に必要だと思いますか?

私は、学生時代はいわゆる優等生でした。学校教育の中で教えられたものを素早くインプットして、そのままアウトプットする。最初から答えは存在していて、その答えに対して疑うことなく丸呑みしていた状態ですね。しかし少しずつですが、そのことに疑問を感じ始めたのです。それは社会に出た時に明確になりました。今までいわゆる優秀だった子達が、心の病にかかってしまったり、自分自身が答えのない問いをつきつけられて何度も悩み迷う瞬間がありました。今まで学校で良いとされてきたものが、社会では全く通用しない。学校では教えられないスキルやマインドセットが、社会では必要とされる。課題や問題に出会った時に、自分ならどう対処するか、どう解決するか、複雑な社会構造の中で生み出す力が何よりも必要とされることに気付きました。

既存の詰め込み式の教育では、物事を一元的に捉える傾向が強まり、複雑な社会構造を捉えることが難しいと思っています。だからこそ、先ほどもお話しした、自身の感情を理解する力、自己認識力を高め、その上で他者の感情の理解、そして社会構造の理解へとより複雑な構造を捉える力を身に着けることができるSELは、今後重要な役割を果たすと感じています。

日本の風土に合わせたSELを考案する上で、難しかったことは何ですか?

学校だけではなく、企業も同じなのですが、まずは意思決定権を持っている人たちになぜSELが大切なのか、SELを通して得られるものを理解してもらうことが最も大変でした。その上で頭で理解するだけではなく、自分自身の感情を実際に感じてもらい、少しずつ他者の感情やニーズを感じる体験を増やしていく。これがどんなに時間がかかっても一番大切なことですね。この体験通して初めてSELが大切だと思ってもらえる環境作りが整います。

学校での実践例などの詳細を知りたい方はぜひ後編を読んでください