「コーチ」と聞いてどのような人をイメージしますか?

日本の方の多くはスポーツの指導者を思い浮かべるかもしれません。

しかし最近ではスポーツの領域にとどまらず、企業の経営幹部や個人に対し、対価を受けて相談にのる「プロコーチ」の存在についても見聞きするようになりました。

また、部下の能力を最大限に引き出すために、管理職に求められるスキルとしてのコーチングの認知も広がっています。

今日は、なんとなく聞いたことはあるが、いまいちちゃんと理解できていなかった「コーチング」について一緒に学んでいきましょう。

もくじ
1: コーチングとは?定義と歴史
1-1: コーチングの歴史
1-2: 現在のコーチング事情
2: コーチングの有用性
2-1: self-persuading(自主説得)とコーチング
2-2: 自己決定理論(Self-determination theory)とコーチング
3: コーチングと教育・子育て
4: まとめ

1: コーチングとは?定義と歴史

そもそもコーチングとはどういったものを指すのでしょうか?

日本で最も歴史と実績のあるコーチングスクールの一つであるコーチ・エィのウェブサイトでは、次のように説明されています。

〈コーチ・エィによるコーチングの定義〉

“コーチングとは、対話(コーチング・ダイアローグ)を通して、クライアント(コーチングを受ける人)の目標達成に向けた能力、リソース、可能性を最大化するプロセスである。”

実はコーチングの定義は明確に定まっておらず、各団体や書籍によって、異なる定義がされています。

しかし、そのどれにも次の項目がおおよそ当てはまります。

  • コーチングは双方向的(インタラクティブ)な対話・コミュニケーションから成り立つ
  • 課題に対する答えはコーチが持っているのではなく、本人が意識できていなかったとしても必ずクライアントがその内面に持っているという前提に立つ
  • コーチはクライアントに答えを提示するのではなく、クライアントが内面に持つ答えを自分自身で見つけだすためのパートナーに徹する
  • コーチングはクライアントの思考の整理や自発的な行動変容を促すことを目的とする

コーチングでは何かを教えたり助言したりする代わりに、相手の話に傾聴し共感することを通して、相手自身の中にある様々な考え方や行動の選択肢を整理し引き出す手助けをします。

「こうしなさい」「これはしない方が良い」など具体的なアドバイスを与えるのではなく、「なぜそう考えるようになったと思うか」のような拡大質問を投げかけることで、内省を促します

その際、コーチは自らの主観の押し付け誘導質問の形式をとった問い詰めや詰問(きつもん)にならないよう配慮しながら対話を積み重ね、相手が本当に望んでいることはなにかを明確にしていきます。

コーチングは言語にだけ頼るものとも限りません。五感をフル活用し、相手の言動と表情や行動が一致しないときなどは、自身の矛盾に気づかせ、より本質的な回答を引き出すことも行います。

また、「今の気持ちは色にすると何色か」といったような質問を通して、相手が思考を深め、自分自身でも気付いていない潜在的な意識に気付くサポートを行ったりもします。

他にも手法がありますが、コーチングでは様々なテクニックを用いることで、本質的な自己理解を促し、結果的に心の成長や行動の変化を促していくことに繋げます。

このようなスキルが、人と組織の可能性を開くために、リーダーやマネージャーに求められる能力として、今まさに注目されているのです。

コーチングの歴史

「コーチ」の語源は「馬車」であり、そこからさらに「人を望むところへ連れて行く人」という意味で使われていた歴史があります。

現在でもヨーロッパで、「coach」は電車やバスなどを指す言葉として日常的に使われています。

このような歴史からもわかるように、コーチングは最近になって発明されたというより、発見されたものと言うことができます。

スキルとしてのコーチングは、“もともと人の育成に長けている「ネイティブ・コーチ」(もともとコーチの資質を持っている人)たちのコミュニケーションを観察、分析して体系化したもの”(※引用:Hello, coaching!)です。

1990年代から世界中に広がっていったコーチングは、例えば、アメリカの Coach University、Co-Active Training Institute などに代表される育成機関を通して、トレーニングで身につけることが可能なスキルと言えます。

当初、コーチングはコーチとして独立を目指す人の特別なスキルという位置づけでしたが、最近では多くの企業がマネージメントスキルとしてのコーチングに注目し、リーダー育成などにコーチングを導入しています。

また、ビジネスの世界に留まらず、医療や教育など様々な分野で応用、活用されています。

それに伴い、プロのコーチの質の維持及び向上を目的に設立された International Coaching Federation (ICF, 国際コーチング連盟)などの組織は益々存在意義を増していくでしょう。

現在のコーチング事情

元来、特別なスキルと位置づけされていたコーチングが、最近になってこれほど注目されている背景には、”VUCA の時代” に代表される社会の複雑性があります。

複雑で予測できない VUCA の時代にあっては、問題に対して絶対的な正解を探すのではなく、答えを創造的に導き出すアプローチが必要不可欠です。

価値観は多様化し、誰にでも当てはまる型化は通用しなくなり、主体的な態度を持って周囲や社会と積極的に関わる能力であるエージェンシーの重要性が高まってきています。

このような状況変化の中で、コーチングはまさにこれまでのティーチング(教えること)に代わる、重要で必要不可欠なスキルになりつつあります。

記事紹介:VUCAについてもっと知りたい方は下記の記事をご覧ください。

記事紹介:エージェンシーについてもっと知りたい方は下記の記事をご覧ください。

2: コーチングの有用性

コーチングは実践のなかで発展してきた分野ですが、その有用性について科学的な探求もされています。

2006年オーストラリア ウーロンゴン大学の L. S. Green 氏, L. G. Oades 氏、シドニー大学の A. M. Grant 氏らは、コーチングの効果を確かめるため次のような実験を行いました。

18-60歳の56名の被験者を無作為に2つのグループに分け、その一方にだけ10週間のコーチングプログラムを受けてもらい、また、コーチングを受ける前後で主観的な幸福度や目標達成への努力の度合いなどを測定するアンケートを複数回実施しました。

その結果、コーチングを受けたグループのみがアンケートの複数の項目で好意的な変化を示し、また驚くべきことに、その効果はコーチング終了後30週を経過しても維持されていたそうです。

self-persuading(自主説得)とコーチング

なぜコーチングが人の心理や行動に変化を与えるのか?

元NHKのアナウンサーであり広島経済大学教授でもある中村克洋氏は「self-persuading(自主説得)」が理想的な説得手法だと主張しています。

氏は、自身の論文「〝説得〟コミュニケーションの研究 -Self Persuasion『自主説得』の考察」の中で、社会心理学者クルト・レビンが、第二次世界大戦中のアメリカで行った興味深い実験を紹介しています。

実験のミッションは『アメリカ国民に虫を食べさせる』です。

実験では、主婦を2つのグループに分け、Aのグループには一方的なレクチャーで「虫食」の説得を行い、Bのグループには「どうやったら虫食をするように、ほかの主婦たちを説得できるか?」についてみんなでディスカッションをしてもらいました。

その結果、虫料理を自分の家庭の食卓に出した主婦の割合は、Aグループは3%だったのに対し、みんなでディスカッションしたBグループは32%というAグループの10倍という高割合を記録しました。

このことから氏は “人間は、「他人の説得(レクチャー)」よりも「自分の言動」にはるかに強く説得される” と述べています。

自己決定理論(Self-determination theory)とコーチング

もう一つ別の理論を紹介します。

Deci, Edward L. 氏と Ryan, Richard M. 氏が発表した人の『やる気・動機付け』に関する理論『自己決定理論(Self-determination theory)』です。

自己決定理論では、他者に強制や要求されたのではなく、自ら行動を選択できる自律性の欲求 (Autonomy)が満たされていることが、やる気やモチベーションの高さにつながるとされています。

記事紹介:自己決定理論についてもっと深く知りたい方は下記の記事をご覧ください。

これらを見ていくと、コーチングでは原則アドバイスはしないとする理由について、理解ができます。アドバイスは自主説得や自己決定とは異なり、相手の行動変容に繋がりにくくしてしまう恐れがあります。

コーチングと教育・子育て

ここまでコーチングの歴史や研究について触れてきましたが、教育に対しコーチングはどのような関わりを持つでしょうか?

社会で求められる人材を育成することが教育の大きな目的の一つとすると、スキルとしてのコーチングが今後教育の場でも求められてくる可能性は高いと言えます。

昨今、アクティブラーニングや Project Based Learning (PBL) など、学習の手法が語られることが非常に多いですが、その実際的な運用に求められるスキルとしても、コーチングやファシリテーションの需要は増していくと予想されます。

親子間でのコミュニケーションにコーチングスキルを活用しようと進める動きもあります。

2007年に出版された「子ども心のコーチング」は、子どもの自立を促すのにコーチング的な関わりが重要であることを、人材開発・能力開発のプロである著者が解説した本です。

教育・育児におけるコーチングが、国内での認知を大きく広げる契機の一つとなりました。

また、大阪市教育委員会は、「子どもを伸ばす声のかけ方:教育コーチングの基本」というプレゼンテーションをホームページで紹介しています。

今はまだあまり耳にしませんが「教育コーチング」や「子育てコーチング」という言葉もうまれ、少しずつコーチングが教育・育児の領域にも広がりつつあります

まとめ

今回はコーチングについて、その歴史や有用性、教育への関わりなどを紐解いていきました。

聞いたことはあるが、今までよくわかっていなかったコーチングへの理解に少しでも役立てていただければと思います。

コーチングの根本には「人の可能性を信じる」という理念があり、実践で評価されてきたからこそ発展した歴史があります。

コーチングには様々な流派があるものの、基本的な手法についてはオンラインでも情報を得ることができます。

興味のある方は、一度お調べになってみてはいかがでしょうか。

参考: